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小雪の死を悼んで
             ☆愛猫小雪がこんな事になり、考え抜いた

「ペットロス」「室内飼い・自由飼い」のページに猫友さんらからたくさんの思いを(Cat's blogへの投稿にて)いただき有難く掲載させていただきました。

今は亡き小雪をそーっと心の中で悼んでいます。時が癒してくれるだろう・・

私猫プは結婚して子供達が「動物を飼いたい!」ちゅうまでは、ペットとは縁が無かった。だから初心者マーク

四年前縁あって脳障害猫栗栖と暮らす事になり(詳細は栗栖の部屋をご覧下さい)、その時すでに先住猫の小雪と小次郎兄弟が居た。思わず自然の掟に反して瀕死の子猫栗栖を助けてしまった。栗栖は放り出されたら生きられないのは重々承知だ。でも何度もの危機をすり抜け生かす道を選んだ、選ばざるを得なかった。世間体ウンヌンでなく、死を受け入れる事が出来ない私達の甘さだな。

栗栖は猫としては幸せではないと思うけど、私達家族にたくさんの癒しをくれている。可愛い・愛おしい。

ペットとして我が家で共にすごしたクンクン(犬♂)6歳で病死・シャネル(猫♂)10ヶ月で事故死・そして小雪(猫♀)6歳で野犬に噛まれて死す。そして今も生きて私達を癒してくれてる小次郎(猫♂)6歳・栗栖(猫♂)4歳。皆私達家族にとっては幸せな出会いだった。

でも彼らは彼らの為に生き死ぬ。決して私達の癒しの為だけに生きている訳ではない。

小雪をご存知の方も多くおいでだが、人間から見れば懐こい・おっとりした可愛い子だったと思う。返せば、警戒心が足りないちょっと鈍。猫仲間的ニャいじめられるタイプで、いつも他の猫に追われて痛い思いを何度もしている。でもお外がだーい好き!
これは小雪の個性だ。飼い主としては管理上困ったが、丸ごと受け入れた。『猫じゃものしゃーない!人間の思い通りにゃならんさ』

実は私、毎日一日中栗守りと和裁をして家に居り、小雪とずーっと接し見守るに、心配で心配で涙が出る事しばしばであった。でも小雪の首に縄はつけなかった・・

なぜかって?3人の子育てと親の介護の経験から、そもそも心配とは自分の思い通りで無い予想の範囲外にならないかと危惧し、嫌う場合が多い。愛おしい者に対する心配は付き物であるが、自分の思い通りで無いと駄目ちゅうのは、その対象を尊重しない行為であり、心から対象を愛するなら(自分の為の愛でなく)、心配しても相手の意思に任せて見守ると思う。

但し犬猫は今やペットであり飼い主たるや管理上の明確な責任がある。そしていくら家族の様と言えど人とは区別される。もち、我が家でも猫は猫、人間とは区別がある。

つい八年前まで私にゃ猫経験は皆無でした。それでも痩せてギスギスの子・寒さに震える子・車にひかれた子を見ると切なくつらく可愛そうに思った。今でもそれは変わらない。皆さんもきっとそうでしょう。

私の子供の頃は、動物病院もほとんどど無く情報も無く、何も分からないまま犬猫の各自の生きる力に任せ見守るしかなかった。人もそれこそそうであった。

今思い起こして、それは不幸せであったか?
現代のペットは人間の完全管理の下暮らす場合が多い、順応せざるを得ない。順応して安全に生きるは幸せか?と疑問も沸く。

家の周辺は田舎で皆猫は自由飼いである。観察してみると猫ちゅうもんは、安全と食を飼い主が用意しても居場所が無いと居場所を求めて他所へ移動して行ってしまう。人間もある程度力が付けば、衣食住足りて居てもスピリッツが尊重されなければ、よっぽど強引な力で縛られてなければ他所へ出て行くであろう。

だから、どんな時でも多分健常に生きるであろう小次郎の首にゃ縄はつけないで置こうと猫プは思う。

ほいでも愛おしい子、少しでも長く私達家族と共に暮らしたいと望むのは人の常である。

世の中いろんな人が居て、いろんな考えが混在してバランスが取れている。各々が各自の考えでペットと暮らし、折に触れ違う考えの人と議論したり、それぞれの考えの一長一短を自覚し、考えを深めてペットと共に幸せに暮らせばいいと結ぶ。

長々とお付き合いくださり、ありがとう!
こんな猫プですが、よろしければ小次郎・栗栖ともども今後ともどうぞよろしくお付き合いください。
(07.12.12 猫のプーさん)